大判例

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東京家庭裁判所 昭和50年(家イ)4972号 審判 1976年5月31日

国籍  英国

住所  横浜市中区

申立人

ジヤツク・ヘンケル・ダ・ゴールド(仮名)

右代理人

蓑原建次

国籍  英国

住所  神奈川県藤沢市

相手方

ベテー・タナカ・ダ・ゴールド(仮名)

主文

1  申立人と相手方は離婚する。

2  申立人は、相手方に対し、本件離婚に伴なう財産分与として、相手方の占有下にある一九七三年型ホンダ乗用車、家事調度品、衣類、絵、冷暖房機その他申立人所有財産のすべてを、譲渡する。

3  当事者間の長女メアリー・マリヤ・ダ・ゴールドの親権者(監護権者)を母である相手方と定める。

4  相手方は、申立人が非常識でない方法でしかも長女メアリー・マリヤの意向にそいかつその利益を害しない方法で同児と面接交渉することに協力するものとする。

5  申立人は、相手方に対し、

(1)  長女メアリー・マリヤの昭和五〇年(一九七五年)九月初日から昭和五一年(一九七六年)七月末日までの横浜○○○○スクールにおける教育費として、金三五万円を同年七月末日までに送金または持参して支払う。

(2)  長女メアリー・マリヤが昭和五一年(一九七六年)八月以降も引続いて○○○○スクールに通学するときは、申立人が日本におけるユナイテイツド・○○○○・インコーポレイテイツドに勤務することを条件として、長女の右学校における授業料、本代等の費用をその都度その月末までに送金または持参して支払う。

(3)  長女メアリー・マリヤの養育費として、昭和五一年(一九七六年)六月以降同児が満一八歳に達するまで、月額二万円を毎月末日限り送金または持参して支払う。

(4)  長女メアリー・マリヤの治療費が年間三五万円を超えるときは、申立人が前記会社に勤務することを条件として、右三五万円を超過する部分を、翌年一月末日までに送金または持参して支払う。

6  本件手続費用は各自弁とする。

理由

一申立人代理人は、離婚等の夫婦関係調整の調停を申し立て、その理由としてつぎのとおり述べた。

相手方は、左記のとおり、申立人が相手方と一緒に生活することを合理的に期待できないと思われる行動をとつた。

(1)  相手方は、家族を捨てて別居している。

(2)  相手方は、長女メアリー・マリヤを父親である申立人から引き離して、申立人と別居せしめた。

(3)  相手方は、婚姻関係を完全に破棄する意思で、婚姻当事者として同居の義務を放棄し、申立人を遺棄した。

(4)  相手方は、申立人を遺棄してから一年以上も、申立人の性交を求める要求を拒否し続けた。

相手方のこれらの行為は、英国一九六九年改正離婚法二条一項二号、一九七三年婚姻訴訟法一八章一款一項二号(B)の離婚原因に該当する。よつて離婚等の調停を求める。

二本件記録によれば、つぎの各事実を認めることができる。

1  申立人は、昭和八年(一九三三年)六月七日、英国人の父、ポルトガル人の母の子として、中国の上海で出生した英国人であり、満一八歳になるまで同所で成長し、昭和二六年(一九五一年)に父の転勤に伴なつて来日し、以来横浜市内に居住している。

2  相手方は、日本人の父、ロシア人の母(婚姻して日本国籍を取得)の長女として、昭和一六年(一九四一年)二月二五日東京都内で出生した日本人であつて、以来東京都内で居住していた。

3  当事者両名は、昭和三七年(一九六二年)ころ、双方の友人の紹介で知合い、横浜市の○○教会で挙式して結婚し、昭和三八年(一九六三年)三月六日、日本の法律に従い婚姻の届出をなし、翌七日、英国一八九二年外国婚姻法の定めに従い横浜の英国領事館で婚姻の手続をして、現在に至つている。相手方は、昭和三八年(一九六三年)五月九日志望により英国籍を取得した。

4  相手方は、昭和四三年(一九六八年)五月二四日、横浜市○○病院において、申立人との嫡出子である長女メアリー・マリヤ・ダ・ゴールドをもうけた。

5  ところが、その後しばらくしてから、夫婦関係に溝ができ、ここ数年間は夫婦関係の本質的部分ともいうべき性交渉がなく(主として申立人の側に積極性がなかつたことによる)、相手方の言によれば、兄妹のような関係が続き、夫婦としての絆は、いつしか消え失せてしまつた。

6  当事者双方は、右のような状態をともに思い悩み、なんとか通常の夫婦関係にに戻るべく懸命の努力をしたが、冷却しきつてしまつた夫婦関係を元に戻すすべはなく、相手方は、ついに、昭和五〇年(一九七五年)五月、長女メアリー・マリヤを伴なつて申立人方を飛出し、父母の家である東京都世田谷区○○四丁目五番五号田中方に居住した。

7  その後、申立人は、相手方に帰宅するように勤めたが効を奏せず、両名が弁護士を交えて話し合つた結果、同年八月二八日、離婚することに合意し、別紙合意書とほぼ同内容の同意書に両名とも署名した。

8  申立人は、同年九月一〇日、前記理由で本件調停を申し立て、同年一一月一一日第一回の調停期日において、相手方は離婚することを希望したのに対し、申立人は相手方との関係を元に戻したいと希望し、同年一二月一六日の第二回調停期日において、申立人は相手方との夫婦生活をやり直したいと述べ、相手方も、現在は夫のもとに戻るべきか、このまま離婚すべきか迷つていて、決断しかねている旨述べたため、当調停委員会が当庁調査官のカウンセリングを受けてみてはどうかと勤めたところ、両名ともこれに同意したので、本件をカウンセリングの手続に付した。

9  相手方は、当庁カウンセリング調査官室甲野花子調査官のカウンセリングを昭和五一年(一九七六年)一月二六日、二月二日、九日、三月一日の四回にわたつて受け、結局調査官との対話のなかで、申立人と婚姻を継続することはもはや不可能であり、離婚するしかないとのストロング・フイーリングをもつに至つた。

10  申立人は、日本語が不自由なこと、および文化の違う日本人のカウンセリングを受けたくない等の理由でこれを辞退したが、その後は、代理人弁護士を通じて、もはや離婚以外に方法はないから早期に離婚の調停を再開するように、再三にわたる要請があつたので、当調停委員会は、同年三月一五日と二六日、調停期日を開いた。

11  当事者両名は、もはや両名にとつて夫婦としての共同生活を再開することは不可能であり、現在は離婚以外にとるべき方法はないとの強い確信に到達しており、同年三月二六日、別紙のような合意書に両名が署名した。

12  当事者間の長女メアリー・マリヤは、出生以来継続して母親である相手方によつて安全に監護養育されている。当事者双方の夫婦としての関係は破綻しているが、長女メアリー・マリヤの監護に関しては別紙合意書のとおり完全に合意しており、かつ、長女の監護に関しては両名とも理性的な行動が期待できる。そして、長女メアリー・マリヤもすでに八歳に達しており、父親である申立人とは、これまで一週間に一回程度の割合で定期的に面接交渉をしており、長女メアリー・マリヤのために今後も父親との面接交渉を継続する必要性が認められる。

13  相手方は、本件調停が当裁判所に係属した後、その住所を東京都内から肩書住所地に移した。

三当事者双方の住所が日本国内にあるので、わが国に国際的裁判管轄権があり、相手方の住所地が本件調停申立当時東京都内にあつたので、当裁判所に国内的管轄権がある。

準拠法についてみると、主文1の離婚の点については法例一六条により、主文2の財産分与の点については離婚の効力に関する問題として同じく法例一六条により、主文3の親権者指定の点については親子間の法律関係に関する問題として法例二〇条により、主文4の面接交渉の点については親権(監護権)に関する問題として同じく法例二〇条により、主文5の(1)ないし(4)の扶養料の点については扶養の問題として法例二一条により(法例二〇条は親権(監護権)に関する規定であり、親権と扶養とは切り離して考えるべきである)、いずれも申立人の本国法である英国法を適用すべきこととなる。(反対の可能性も否定できないが、審問の結果によれば、申立人は数年先は勤務先会社の本社があるアメリカ合衆国ニユーヨーク州に転勤し、日本を離れる可能性もあるので、本件ではこれを消極に解する。)

英国一九六九年改正離婚法一条によれば、「婚姻が復元の見込みのないまでに破綻してしまつていること」が唯一の離婚原因であり、同法二条一項(b)、一九七三年婚姻訴訟法第一部一条二項によれば、「原告が被告と同居することを合理的に期待しえないように被告が行動したこと」の証明があれば、裁判所はその婚姻が復元の見込みのないまでに破綻してしまつていると判示することができるところ、前記認定にかかる事実関係に照せば、相手方の行為が右離婚事由に該当すべきものと認めるのが相当である(このことは英国の近時の傾向とも一致する)。

そして前記認定の事実関係のもとにおいては、財産分与、親権者指定、面接交渉、養育費支払の点についても、英国一九七三年婚姻訴訟法、一九三五年未成年者後見法等の関係法規等に照し、主文のとおり審判するのを相当と認めることができる。

四よつて、当裁判所は、当調停委員会を組織する家事調停委員場準一、同古畑とも子の意見を聴き、当事者双方のため衡平に考慮し、一切の事情をみて、職権で、当事者双方の申立の趣旨に反しない限度で、事件の解決のため、家事審判法二四条を適用して、主文のとおり調停に代わる審判をする。 (梶村太市)

合意書

第一条 当事者

この合意書の当事者は、ベテー・タナカ・ダ・ゴールド(以下「妻」という)とジヤツク・ヘンケル・ダ・ゴールド(以下「夫」という)である。

第二条 経過

この合意書は、次のような事実に基づく。

(A) 当事者は、横浜市中区役所において一九六三年(昭和三八年)三月六日日本の法律に従つて婚姻の届出をなし、一九六三年三月七日、一八九二年の外国婚姻法に規定される条件に従つて、横浜の領事館に於いて挙式をあげた。そして、夫妻として現在に至る。

(B) 当事者は一九六八年(昭和四三年)五月二四日、横浜市○○医院にてメアリー・マリヤ・ダ・ゴールドという名の嫡出子をもつた。

(C) 他に嫡出子も、死んだ子も、養子もいない。

(D) 不幸にも、妥協しがたい相違が生じ、その結果、離別することとなり、しいては永遠に別居する(即ち離婚する)ことに合意した。

(E) 当事者は本合意書をもつて、各自の財産の調整及び子の将来の養育に関する取決めを求めた。

(F) この契約の約因は、本合意書中に含まれる相互の約束と合意にある。

第三条 財産の分与

(A) 妻の占有下にある一九七三年度ホンダ乗用車。

(B) 妻の占有下にある、種々の家具調度品、衣類、絵、冷暖房機その他の夫の所有財産。

(C) 夫は、上記の各財産の全てを妻に分与する。

更に、動産、家庭用家具、調度品その他共有の財産については、相互に納得のいくように分別し、相互に他方が現在占有又は支配する物について、いかなる異議をも述べないことを確認した。

(D) 夫は、多くの債権(株券)、預金及び日本その他の国の不動産、動産を所有するが、これらは、夫の固有財産であり、妻は、ここに妻の物として約されたものを除いて、これらすべての債券、預金、現金、他夫の所有財産に対し、いかなる権利をも放棄することを約する。

第四条 生命保険<略>

第五条 親権(カストデイ)

(A) 下記の条件の下に、メアリー・マリヤ(以下「子」という)のカストデイは妻が持ち、子は妻と同居する。休日、休暇中、子は、夫妻が相互に、子の気持と要求を考慮に入れ合意する時毎に、夫を訪れることができ、夫は非常識でない限り何時でも子を訪れる権利を有する。

(B) 夫は、一九七五年(昭和五〇年)九月初めから一九七六年(昭和五一年)七月終りまでの子の横浜○○○○・スクールにおける教育費として三五〇、〇〇〇円を支払う。夫は、その後も毎年子が○○○○スクールに通い、夫が日本のユナイテツド○○○○インコーポレツテイツドに勤務する限り、授業料、本代等の費用を継続して支払う。但し、これにかかわらず、夫は一八歳(子が)に達するまで、夫において、必要かつ納得し得る額の教育費を支給することができる。

(C) 更に、夫は、今後子が一八歳に達するまで毎月、二〇、〇〇〇円を養育費として支払う。

(D) 教育、健康、夏の行事等子の福祉上の種々の事項については、別途夫妻協議してこれを決める。

(E) いずれの当事者も子を他方から遠ざけ、又は、子の双方に対する愛情の傾倒を妨げるようなことは一切してはならない。

(F) F子が病気をしたる場合、これを知りたる当事者は直ちに他方に、報告あるものとする。子の治療費用が一年間三五〇、〇〇〇円を超える場合は、夫は、妻に対し、夫が日本のユナイテツド○○○○インコポレイテツドに勤務する限り、三五〇、〇〇〇円を超える部分について、支給する。

(G) 当事者はそれぞれ、いつでも子の居所を他方に報告しなければならず、又他方の書面による同意を得なければ子を日本国外に連れ出してはならない。

第六条 妻の扶養等

(A) 同居中の夫の妻への扶養義務について、完全なかつ最後の合意の時に、夫は妻に五〇、〇〇〇円を支弁した。

妻は右金銭の受領を認める。

(B) 妻は、自己への扶養を、その他の支払は、本合意書にあるもの(財産分与分)だけで公平十分、かつ満足のいくものであることを認めると共に本合意書に記載されているもの以外に、いかなる権利の行使及び要求をもしない。

第七条 権利の放棄(免除)<略>

第八条 承継人に対する効力<略>

第九条 十分なる当事者の認識

(A) 今後、妻において本合意書を実行し、かつこれに関し、何らかの行為をとるにつき、弁護士を依頼する必要が生じたる場合、夫は、納得できる額の弁護士報酬及び費用を支払うことを約する。

(B) 各当事者は、十分な事実の認識と十分なる法律との権利義務についての知識を以つて、自己の意思で締結されたこと、及び相互に現状下で、この合意書が納得できるものであることを認める。

本合意書の証として、当事者は一九七六年(昭和五一年)三月二六日、本合意書にサインし、これを確認した。

ベテイ・タナカ・ダ・ゴールドジヤツク・ヘンケル・ダ・ゴールド

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